学生時代の解剖学実習を久しぶりに思い出してみてください。
脳神経12対の順番を語呂合わせで覚えたことがあったかと思います。三叉神経は 5番目の脳神経(ローマ数字でVと表記)で、顔面の知覚(V1 前額部、V2 頬部、V3 下顎部)を司っています(【図1】)。
V1は上眼窩裂から眼窩内に進入分布し、上眼窩孔から頭蓋骨を出て前額部皮膚に分布します(【図2】)。
V2は上の各歯に分布する枝を出しながら下眼窩孔から頬部皮膚へ、V3は下顎孔から下顎骨内に入り下の歯の知覚枝を出しながらオトガイ孔から皮下に出て下顎の皮膚へ分布しています。
中頭蓋底のガッセル神経節で3本(三叉路)に分かれ、前方の顔面にむかう三叉神経の脳幹側が橋から出て脳幹の前方の脳槽の内で血管(責任血管は主に上小脳動脈)等に圧排されると、激しい疼痛が起こることがあります。
これが三叉神経痛です。痛みの局在が顔面ですので、顔面神経痛とも誤称されます。針が指すよう、電気が走るよう、雷が落ちるよう、焼け火箸が刺さるようなと患者が訴える痛みが出るので、しゃべれない、洗顔できない、食事ができない、歯が磨けません。これら、しゃべる、顔を洗うなどの動作は、疼痛の誘発試験をしているようなものです。
病変は頭蓋内ですので(【図3】の矢印部分)、その治療は私たち脳外科医の出番です。
頭蓋内で圧迫していても、頭痛ではなく顔が痛いと感じます。同じ神経の分布領域である顔面と歯のことですので、神経痛を上下の歯の痛みと誤認してしまいますと、先生方の歯科医院を訪れることとなります。たまたま同部位に齲歯が存在すると「治療しましょう」となっても当然難治であり、その結果〝抜歯〟となることが過去には少なからずあったようです。
痛みに近い箇所の歯を数本抜いた後にも痛みが消えず、これはおかしいということで私ども脳外科の外来に紹介され、三叉神経痛である事が判明、神経減圧術で治癒できた方を私自身過去に数名経験しています。まさしく「後医は名医」の典型で、紹介いただいた歯科医師の方々には申し訳ない思いをしました。
この血管の圧迫で起こる突発性三叉神経痛は、1万人に1人ほどの有病率で、男性より女性に多く、動脈硬化で血管が蛇行する50代にピークがあるとされます。疼痛の好発領域はV2>V3>V1の順で、まさしく歯の位置に一致します。
治療は幸い抗てんかん薬のカルバマゼピンが著効します。しかしながらこの特効薬も長期にわたると効果が薄れたり、増量によりふらつきや肝障害を引き起こすことがあり注意が必要です。
神経ブロックやガンマナイフによる放射線治療も有効ですが、これらは対症療法にすぎず、痺れや知覚低下が併発することもあり、根治は開頭下でのマイクロサージェリーでしか望めません。
手術は、全身麻酔下に耳の後ろに500円玉の大きさほどの小開頭を穿ち、頭蓋底の骨と小脳の隙間から、三叉神経が圧迫された部位に到達します(【図4】)。
血管による圧迫でねじ曲がった三叉神経から血管を引き離し、二度と三叉神経に血管が触れないように移動、固定をします。三叉神経は本来の姿にもどり直線化します。
神経を切断するわけでも、脳や血管を損傷するわけでもありません。最近では神経内視鏡手術の発達により、より明るく拡大した術野での手術が可能となってきたので極めて安全な治療法です。
もちろん、術前の画像による正確な圧迫血管の同定と、経験に基づく繊細な手術手技が必要です。腫瘍性病変で引き起こされる二次性三叉神経痛も少なくありませんので鑑別も重要です(【図5】)。
V1の三叉神経痛は比較的稀ですが、ここの知覚異常は眼窩内腫瘍(この領域も専門としております)からくることもあり、開頭もしくは経鼻的に摘出する必要があります。
痛みが主訴ですので、安直な薬物治療で一時的な除痛効果が出てしまいますと、かえって原疾患を放置してしまう危険性も伴います。通常と何か異なる疼痛であった場合には、「三叉神経痛」の病名を思い出していただき、脳神経外科まで是非ご相談ください。