高齢期を見据えた予防歯科医療の必要性
日本は超高齢社会へ突入した。「人生100年時代」の到来が間近に迫った時期での医療の目標は、生活の質の最適化であると言われており、〝生活の医学〟と言われる歯科医学が大きく貢献できる分野である。
高齢者の口腔内は、人生における健康上のライフイベントを経て、多様な要因で各機能が複合的に低下していることが多い。当院ではこの事に着目し、〝食事は身近にある最大の娯楽〟を理念に医科歯科連携を積極的に行っている。
近年、治療後の長期予後は、治療の質と予防の両立に依存していることが示されている。しかしながら、加齢変化、認知症、入院中で寝たきりの場合、および脳血管疾患に由来する後遺症が発生した場合などの、歯科的予防処置が不十分となる事態が起こると口腔疾患が同時多発的に悪化する。この状況を放置すると、さらに口腔衛生環境の悪化を招くだけでなく、さまざまな理由に起因する咀嚼機能不全から摂食嚥下障害になり、生活の質を著しく低下させてしまう。訪問診療における難治化した在宅歯科治療は、医療上の問題点が多岐にわたるため、医師や看護師との緊密な連携の下で、重症口腔内疾患を治療することが求められる。このような連携で重度難治症例でも対応可能であるが、根本的治療が不能な事案がしばしば発生する。当院が日常的に目の当たりにしているこの状況は、歯科医療の早期介入が切望される分野であり、「もっと前から歯科治療に介入できていたら」と強く考えるようになった。
一方で、歯科医院は口腔疾患の特殊性から「定期的に患者が来院する医療機関」という特徴を有しており、医療連携プラットフォームになる大きな可能性を秘めている。そこで当院では、外来診療における患者の口腔内管理を基盤に、高齢期のライフイベントを見据えた事前対策を展開している。歯科医院を〝全身の健康ステーション〟として機能させ、健康寿命の延伸や新しい健康価値の提供を通して、人生100年時代を見据えた歯科医療戦略の一助としたいと考えている。
健康寿命延伸に向けた取り組み 〜外来患者の口腔内管理から派生する糖尿病重症化予防〜
スウェーデンのカリオロジーの大家、Bo Krasse博士は1980年代から原因除去療法を歯科医療に取り入れることを提唱していた。原因除去療法に着目することで、傾聴、生活習慣の是正を行うことになり、結果的に、さまざまなライフステージにある患者さんの生活に寄り添いながら口腔管理を行うことになる。口腔疾患の原因除去を考えながら口腔内管理を行うだけで、肥満、生活習慣病の制御や、生活習慣病の重症化予防へと直結する事が知られており、我々は、この点において、歯科が健康寿命の延伸に大きく貢献できる領域だと考えている。
近年、糖尿病と歯周病の相互に及ぼしあう影響について知見が収集され、当該領域の医科歯科の連携医療が注目されている。厚生労働省は「国民健康・栄養調査結果の概要」から、「糖尿病が強く疑われる者」の割合は男性19・7%、女性10・8%で、年齢階級別にみると、年齢が高い層でその割合が高いと報告しており、潜在的に糖尿病患者が存在していることが予想されている〈●図1:厚生労働省「令和元年国民健康・栄養調査結果の概要」参照〉。予防メインテナンスに取り組む歯科医院は、定期的に患者が来院する医療機関という特徴があり、内科のプライマリーケアより早い段階で疾患の兆候を察知するチャンスが日常的に与えられている。そこで、我々は、近隣の内科医院との連携のもと、未診断の糖尿病の有病率を明らかにするための臨床研究に取り組み始めた。歯科医院が全身の健康ステーションとしての機能を持つことで、生活習慣病の早期発見に貢献するという事実をエビデンスベースで社会に発信し、地域住民、患者、および医師、歯科医師を含む全ての医療従事者の意識や診療スタイルを変革したい。
医科歯科連携による重症化予防 〜口腔管理を強化し、糖尿病治療を援護射撃するために〜
また、糖尿病合併症としての歯周治療を行う場合、関わる全ての医療従事者が、同一の疾患概念を持ちながら一人の患者を治療する共通意識が必要である。現在、糖尿病や歯周病は遺伝的要因や生活習慣に関するトピックから最近では腸内細菌やエピジェネティクスの重要性も成因論に加わってきており、専門家同士の知識を相互に共有する必要がある。そこで、地域住民の健康社会を実現する事を目標に、医師、看護師、管理栄養士などの他職種との意見交換、および情報発信を行うことを目的として、2022年に医科歯科連携研究会、「ふくおか糖尿病と歯科セミナー」を設立した。メンバーは、糖尿病治療の第一線で活躍される3人の糖尿病内科専門医と筆者で構成されており、南昌江内科クリニック/南糖尿病臨床研究センター、センター長の前田泰孝医師が代表世話人、福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科学講座、教授の川浪大治医師と筆者が副代表世話人を務め、はやしだ内科クリニック、院長の林田英一医師が監査役で発足した。
この研究会への参加により、医療連携相手を探すことができる「顔の見える連携医療の場」を提供することも視野に入れており、今後、各地域において歯科と医科の相互医療連携が強化されるようなきっかけ作りをしていきたいと考えている。さらには、糖尿病内科と歯科連携における口腔管理業務のプレゼンス向上を図る中で、歯科衛生士が口腔管理業務の中心的役割を担うことを強調し、現在の医療連携に加えて、将来の歯科衛生士―看護師連携の構築も視野に入れている。
2022年10月に第一回が開催され〈●写真1〉、前田医師から、ご自身がジョスリン糖尿病センター(ハーバードメディカルスクールの関連医療機関)に留学されていた頃から現在までの研究データの解析結果が提示され、糖尿病と口腔健康の関連性について新しい視点からご説明があり、内科医師が糖尿病治療を行う上で歯科が関わる点についてより明確になったと考えている。筆者からは改めて糖尿病と歯周病の関係性について歯の発生学を基盤に、感染のリスクと病態メカニズムを分子レベルでわかりやすく、医師、看護師、管理栄養士に説明した。また、今後の医科と歯科を横断した知識や集まりのプラットフォームが必要であることも説明した〈●図2〜4〉。座長の林田医師からは、糖尿病連携手帳〈●写真2〉を使ってやり取りをすることの提案や、定期予防メインテナンスで通わなければならない頻度やセルフケアの効率的なやり方はどのようなものがいいか?という質問があり、会場からも意見が出されながら活発なディスカッションが行われた。座長の川浪教授からは診療情報提供書において歯科の先生方からどのような回答内容を期待されているのかを会場全体への問いとして投げかけがあり、会場の歯科医師から外科処置を含む歯科治療を行う上で、血糖値のコントロールの程度がどこまで必要なのかという点や、抜歯後などの観血的処置後の食事摂取の状況と投薬量やインスリン投与量などの状況のすり合わせなどを行いたいという点が意見として出され、参加した医師からは勉強になったと感想をいただいている。2023年10月に第二回が開催される予定で、今回は医師、歯科医師、看護師の立場から、3人の演者にそれぞれの連携医療の実際について発表していただく予定である。
まとめ
腔内を管理していく歯科医院は患者やその家族の生活に密着して寄り添う事になり、医科歯科連携プラットフォームにもなり得る。超高齢社会の日本において歯科は、細分化され高度に進化した医療を統合し、社会に大きく貢献できると考えている。
筆者の歯科医院の診療圏内である北九州市の高齢化率(北九州市発表、2021年9月現在)は31・0%であり、「高齢化の推移と将来推計」(内閣府発表)を照合すると、およそ10年後の日本の姿である事がわかる。当院での試みをぜひ参考にしていただきたい。