お二人にこの分野に入ったきっかけをお伺いしました。
松野先生 大学6回生の時に、大好きな祖父を誤嚥性肺炎で亡くしたことがきっかけで、嚥下障害に対して歯科のチカラでアプローチする方法を学ぼうと思い、大学院への進学を決めました。嚥下障害を有する患者さんたちとの出会いの中で、口腔の形態回復だけでなく、機能回復も重要であり、その双方が達成されると患者さんのQOLが向上することを実感してきました。
ハンディキャップを有する患者さんへの歯科治療は、様々な要因から困難を伴いやすい傾向にあるわけですが、それが故に治療的介入から遠のいてしまう現実もあり、口腔管理が困難になっていることが多くあります。だからこそ、その困難な状況に対して「もっと自分にできることはないか」と考えることが、歯科の可能性を探求するための大きなモチベーションになりました。
大学病院勤務後は、重症心身障害児者施設で勤務し、多種多様な障害と出会い、さらに障害者歯科のニーズについて強く感じるようになるのですが、その反面、地域の医療資源として考えた時に、障害者歯科の担い手が圧倒的に不足しているという現実にも直面することになります。この需要と供給のアンバランスさを何とかしたいという思いが強くなり、その頃から、啓発活動,教育活動に注力するようになりました。
そして、ここ数年で耳にする機会が多くなってきているのが、医療依存度の高い子どもへのサポート体制拡充を望む声です。「小児在宅歯科」と称される新たな分野のことを多くの歯科医療関係者に知っていただきたく、今回は筆を執りました。この連載を通して,ひとりでも多くの方が興味を持ち、地域密着型歯科医療のニュースタンダードへの大切な一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
松村先生 祖父が歯科医師だったので自然と歯科に進もうと思っていたのですが、進学した大学のパンフレットに障害者歯科の記載があったのがこの分野との出会いでした。幅広い方を診てあげたいという気持ちはずっとあったので、障害者歯科にも対応できたらということで在学中から勉強をしてきました。大学病院で障害者歯科に所属し、笑気吸入鎮静法や静脈麻酔、トレーニングなどの経験を積んできました。その後、地元の八尾市に戻って開業すると障害者を専門的に診療できる医院が少なく、なかなか治療できなくて困っている方がたくさん来院してくださいました。
昨今、様々な障害を持っていて「歯科受診に困っている人」が増加していることも実感しています。開業をした時に幅広い方を診察できるようにと院内の整備もして、全身麻酔が必要な方にも対応ができるようにしました。ただ、患者さんやご家族が全身麻酔について軽く考えているケースもあり、思ったようにいかないことも多々あったのは事実ですね。 昨今、発達障害の診断がつく方も増えて、 ASD(自閉スペクトラム症)の小児患者さんは治療が困難で、普段の歯磨きから大変というケースも多々ありご家族の負担も多かったりします。私はその人達を少しでも助けてあげられたらという気持ちで日々の診療に取り組んでいます。
そのほかにも… レディネス(準備性)ってご存じでしょうか?
レディネスとは学習のために必要な準備状態を意味する心理学用語のことで、「心身の準備性」ともいわれます。発達障害者だけでなく、小児にも適応でき、歯科治療が可能か?という指標になります。発達障害者は暦年齢(実年齢)=発達年齢(発達レベル)とはなりません。そのために発達検査をして発達年齢を調べ、歯科に対するレディネスの有無を調べます。私は大学所属時より遠城寺式乳幼児分析的発達検査で判断しています。レディネスのない患者さんにトレーニングをしても効果はなく、患者さん自身には嫌なことをされた経験のみが蓄積されます。そのため、以降の歯科治療に悪影響を及ぼす可能性が出てきます。レディネスがある患者さんの場合、初診で大暴れしていても、歯科治療を受け入れられる可能性があり、トレーニングを行い歯科治療が可能になるかもしれません。
歯科治療におけるレディネスの有無は遠城寺式検査の基本的習慣の項目の発達レベルが3歳6か月以上なのか未満なのかで判断します。発達レベルが3歳6か月~4歳以上あればレディネスがあると判断し、急を要する治療がなければトレーニングを行って歯科治療への適応するようにします。
口腔内診査のみや寝かせ磨きであれば2歳6か月以上の発達レベルがあればできる可能性があります。発達検査は障害の種類や程度により、きっちり当てはまりにくいこともありますが、大体の目安として鼻をかむことができれば発達レベルが3歳6か月以上でレディネスがある可能性が高いと考えられます。
しかし、いくらレディネスがあると判断されていても痛みがあり、急を要する治療が必要な場合で、来院時に歯科治療に拒否が強く、協力が得られない場合や発達レベルが3歳6か月未満の場合は、静脈麻酔や全身麻酔下での治療の可能性が高いので、無理をせず、近隣の専門の先生や障害者歯科センター、大学病院等の2次医療機関への紹介し、治療完了後のリコールからトレーニングを進めるようにしましょう。
次号では、お二人の先生の診療の様子・今後の障害者歯科へ望むことなどを聞いていきます。
後編もおたのしみに!
後編はこちら